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2019-02-06

「気がつく」ということ


クラスで先日話したお話をもう少し考えてみました。

ヨガの練習は
自分の中心に自分を置いていきます。
そのために 夢中になり過ぎず、
自然な努力を費やしてアーサナを行なっていきます。
どんなポーズでも、どんな動きでも
気がつきながら 行なっていきます。

わたしはアーサナは変わりゆく外側の環境に似ているなあと感じます。
何をしているときも、
自分の「行為」に気がついていく。
外側に翻弄されない自分を養い、
そこにある「流れ」のようなものに
抗わず、緊張せず、自然体であれるように。

ハタヨガは 「大宇宙」に対し、
わたしたちをその縮図「小宇宙」と捉えています。
アディヨガはハタヨガの源流を大切にしている古典のハタヨガです。
「今ここにあること」を大切にし、
練習の中で実践していきます。

全ては「今」の連続です。
生活へ拡げていけるこの知恵のお陰で、
少しずつ「気がついていないこと」に気がつくようになってきました。
発言、行動といかに気がつかずしている行為の多いことか。。。
少しずつ、

「気がついている」<「気がついていない」

「気がついている」>「気がついていない」

というようになっていったらいいなあ。
過去の聖者たちは
過ぎ行く一瞬一瞬に常に「気がついている」状態だったのでしょうか。すごい。

ヨガをしている時だけでなく、
生活の中での全てがわたしにとっての練習の場です。
あーあ、と自分に失望するときもあるけれど、
できるだけ楽しみながらやっていこうと思っています。

Camatkara yogini 慈香

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